批判と介錯

 先日、技術的な批判ならなんでも言っていいのかという話がネットで紛糾していたので、常々思うことを。

 

 人間誰しも、批判されるのは嫌である。ごくまれに批判でも何でもドンと来いという人がいるが、あれは本当に類まれなる精神を持つ人か、から元気を出しているだけの人である。大抵の人は批判されるのが嫌である。

 しかし、批判され、アドバイスを受けて成長するということもあり、自分では見つけられなかったミスを第三者ならば見つけられるというのは往々にしてある。ということは、批判は嫌なものであるけれど、かといって絶滅させていいものではない。ここに批判の難しさがある。

 

 そんなの批判される側が我慢すればいいじゃないか、という声も聞こえてきそうだが、それではあまりにも味気ない。批判される側に何か一定の態度を求めるのであれば、批判する側にも何か一定の態度が求められるのが筋であるように思う。後者について、常々思うところがあるので、それを書く。

 

 

 何か失敗があってある人はその人を批判したいとする。そうした時、失敗をした人は批判されるのが嫌いである。感情に任せるがままに批判することは、そのような感情を余計に悪化させることになってしまう。ネガテイブな感情が悪化した人は、頭が真っ白になって何も聞こえなくなるか、逆に意固地になって耳を貸さないかのどちらかになる。イソップ童話の「北風と太陽」を見れば小学生でもわかる。北風は結局旅人の服を脱がせなかったように。批判が建設的なものでなくなる。こういったことを考慮しないで批判することはただの自己満足であり、何ら実用的な意味を持たないことになる。そうならないようにするためには、相手に精神的なダメージを大きく与えないようにしながら、批判することがお互いのために肝心肝要になる。

 

 

 ところで、切腹というものをするときに、介錯人というのがつく。人が切腹をした後に、刀をすっと落としその首を刎ねるのが介錯人の仕事である。切腹をした時点で死ぬのだから、介錯人など不要なように思えるのだけれど、介錯人をつけずに刀で自決した日本陸軍の軍人は数時間苦しみながら死んだということなので、介錯人が一撃で死に至らしめるのが、「名誉の切腹」には必要ということになる。というわけなので、介錯人の仕事の大目的は「切腹人」を苦しませずに死なせることとなる。基本、介錯人は剣の達人であったが、中には下手な介錯人もいて、「切腹人」を絶命させるために何遍も何遍も切りつける人もいたらしいが、そういう人は末代までの笑いものとなったらしい。苦しませずに、「切腹人」の本懐を遂げさせる、それがあの時代の人々にとって重要なことであった。

 

 

 批判においてもこの介錯の精神が必要ではないか。本人の目的をよりよく達成できるように、「できるだけ苦しませずに」手助けをする。批判はもしかして現代における介錯ではないだろうか。批判する側の礼儀としてこの精神をわきまえるべきである。不要に苦しませることがあったならば、末代までの恥と心得る……流石にそれはやりすぎだとは思うけれど、「相手を苦しませずに」批判を行うことを配慮にいれるべきである。

 

 

 批判する相手であっても敬意を払う。思いやりを持つ。それは批判することにおいて、また重要であろう。ディベートみたいに恨みっこなしという場合は、相手と事前にそういう前提の共有があるのであって、そういうのがないSNSなどではなおさら敬意というものは必要であろう。

 

 批判される人に対しても「武士の情け」を、と思うのだが、これもまた古い考えなのだろうか。

私の読書史①ー小学校高学年〜中学校ー

 先週末、関係各所で読書史を編纂しようという動きがあった。このビックウェーブに乗るしかないと思っていたが、ゼミの発表資料を作らねばならなかったのでなくなく後回しに。そうすると、課題とESがいっぺんにやってきた。盆と正月が一緒に来た忙しさというか、前門の虎後門の狼というか。信長の野望で東西両面から攻められたときの感覚に似ている。コロナショックでも感じたことだが、やはりやりたいときにさっさとやってしまうのが良いと感じる。

 ともかく忙しい。そんな中でこんな駄文を書いてる暇なんてあるのかと読者の方は思われるかもしれないが、忙殺される時期に文筆活動が捗るのは、高校時代からの筆者の癖であるので、暖かい目で見守っていていただければありがたい。とはいえ、いっぺんに全部書くのは流石に無理なので連載形式でやっていこうと思う。今回は中学生の時分の話まで。

 

①小学校高学年

 小学校低学年時代の読書についてはよく覚えていない。毎週のように図書室に通っていた記憶だけはあるが、何を読んでいたのかは覚えていない。ミッケやらウォーリーを探せとかそういうのを読んでいた記憶はある。ただそれだけである。なので、ある程度明確に語れるというと小学校高学年のあたりということになる。

 今でも鮮明に覚えているのは小学校4年の夏休み。ちょうど友人たちの間で戦国武将の漫画が流行っている時分であった。夏休みに図書室に行く用事があった時にそれを思い出し、歴史漫画シリーズの「天智天皇」の伝記漫画を借りた。多分律儀にシリーズの頭から読んでいこうと思ったのであろうが、その本が日本史に対する私の誘い水となった。これを機に歴史漫画を繰り返し繰り返し読んでいくことになる。最初こそは飛鳥時代の本であったが、やはり戦国時代の本を一番気に入った。今思えば滑稽なことだが、それらの本は一度読んだものであっても時間があけばまた繰り返し読んだ。

 この時読んだ戦国武将達の話は自分の価値観や倫理観の基礎を作ったように思える。当時の私にとって、あの武将達は特撮のヒーローのような存在であったのだと今となっては感じる。しかし、それはもう古臭く、現代には合わないとも思うけれど、雀百まで踊り忘れず、もはや矯正には手遅れとも思う。いずれ淘汰される身ではあるかもしれぬ。

 

 他にもよくスポーツ選手やら何やらの伝記をよく読んだ。思えばこの頃から人の生き方を見るのが好きだった。それ以外には野球の解説本や「漫画ひみつシリーズ」を読んでいたので、親から「実用書ばかり読んでるね」と笑われた。おかげで、今も昔も児童文学の話についていけない。もしかしたら、この頃から逆張りオタクだったのかもしれない。

 

 とはいえ、それらの本も読みつつ、色々と小説にも手を出した。ミステリーに凝り始めていたので、「少年探偵団シリーズ」を粛々と読んでいた記憶がある。ただ、これがミステリーではなく、アドベンチャーものであると気づいたのは終盤まで読み進めたときであった。これと同じ経験を、のちに「シャーロック・ホームズシリーズ」でもするのだが、それはまた後の話。あとはマセて「我輩は猫である」を読んで挫折し、マドンナとの恋愛ものと思って読んだ「坊ちゃん」で首を傾げ。他にも色々と読んだはずだが、自分の納得のいかなかった本ばかり覚えている。今東京のちょうど夏目漱石が描いたあたりに住んでいるのだから、またリベンジしてみてもいいかもしれない。

 

②中学校

 中学から部活を始めたが、読書は相変わらず続いていた。図書室の返却期限までにはちゃんと読んでいたはずなので、ちゃんとしたペースで読み続けられていたはずである。

 まず読んでいたのは「シャーロックホームズシリーズ」である。小学校の図書室にはなかったこのシリーズを読むのが中学入学の楽しみであったので、入学してすぐに読み始めた。確か、自分が生まれる前に出版された版でとても読みづらかったのを覚えている。ホームズのイラストはデフォルメ化されたイケメンではなく原作準拠のどこか恐ろしげな格好であったし、今では「ボヘミアのスキャンダル」と訳される話のタイトルが「ボヘミアの醜聞」であったりとなかなか時代を感じさせる本であった。

 「実用書」を読むことが多かった小学校時代に比べ、この頃はよく大衆小説を読んだ。ミステリー物繋がりで、東野圭吾の「ガリレオシリーズ」を読んだ。また重松清も好んで読んで、「くちぶえ番長」のマコトというキャラが好きだった。先生の「伏線がすごい」という宣伝文句も受けて伊坂幸太郎も読んだ。「死神の精度」、「死神の浮力」という順で発行されたのにその逆から読んでしまったので、「死神の浮力」は読んでもちんぷんかんぷんであった。そして当時は「東方」にかぶれていたので、「そして誰もいなくなった」を読んだが、これは「少年探偵団シリーズ」や「シャーロックホームズシリーズ」とは逆に、ミステリーすぎてやや期待とズレていた本であった。

 

 いろんな作家の本を読んでいた時期であるが、1番自分に影響を与えた本は百田尚樹の「海賊と呼ばれた男」である。作家については不適切な言動が多くて有名であるし、今思えば「ナショナリズム」の扇動が作品の中にあった気もするが、この本は1人の中坊に経済の重要性を教えるのに足る内容はあった。経済の重要性を私はこの時に学んだ。他にも色々と要因はあっただろうが*1、自分が経済に志す源流の1つはこの本にあったと言ってもいいかもしれない。奇しくもちょうどアベノミクスが始められていた時期であり、これもその助けになったのかもしれない。

 

 

  ひとまずここまで。また、課題たちの間隙を縫って続きを書ける時に。

 

*1:今パッと思い出せる他の要因は、中学の公民の資料集のコラム欄において、錦織圭選手の活躍でWOWOWの株価が上がったと書いてあったことである。スポーツなど一見経済に関係のないことが経済に関係することを当時の私は面白く思った。

6月について

 6月がきた。祝日がないのに梅雨がある、とか何かと目の敵にされる月。周りの評判はよくなさそう。しかし、6月は私の誕生月なので、気持ちがウキウキするように体に刷り込まれている。もう誕生日プレゼントとかあまり期待していないし(去年はなんか訴状をもらったけど)、ケーキを自分で買うというわけでもないのだけれど、少し気持ちが浮つく。某お天気娘の占いも、6月第1週は最下位の1位だったので、上々の立ち上がり。


【6月ですね】ウェザーロイド占い2020年 6/1 ~ 6/7 対象

 

 少しジメジメとするけれど、自分が生まれた時も雨だったのかしらん、と思うと少しは気分も上がる。

 

 いや、よく考えれば去年梅雨のせいで、カビと同棲することになった許せん。

 

 

 個人的には「私の月」みたいな感じで良いかんじの月なのだが、ここ最近の6月はよくない。

 3年前は6月の頭から吐き気を伴う咳が止まらず、結局2月末まで続いたし、今でも緊張すると同様の症状が出る。これは多分、緊張で胃がやられて、その気持ち悪さでえずいてる感じなので、胃のケアをしてあげればなんとかなる。

 2年前は、誕生日の1週間前に突発性難聴になった。その年の夏に再発*1したので、メニエール病説があるけど、治ったから知らん。

 去年は誕生日前日に右肘を故障し、1ヶ月ノースロー。7月に1番試合が多かった気がするが、それを全欠席することになった。悲しい。

 

 ともかく最近の6月はやばい。お祓いを一度してもらうべき。危ない。ところで最近怠さが抜けなかったりするんだけど、これ大丈夫っすよね?

 なんか脳内のおっちゃんが「( ^ω^) そこに流行してる病気があるじゃろ?」とか言ってるし、危ない。もう今年も何かあると思ってかかるしかない。何かあったら、「あっ(察し)」とでも思ってください。

 

 近年のより戻しで、宝塚記念勝てたりとかしないかなぁ…

*1:突発性難聴は完治すると再発しないらしい。

週末:5月第5週

5月30日

 

10時30分起床

朝食を済ませ、洗濯をする。前回は4日分溜めてしまったので、反省を生かして今度は短いスパンで行なったが、結局それなりの多さだったので気をつけねばならない。

 

13時

TLにラーメンが溢れていたので、逆張りにパスタでも茹でようと思ったが、後輩から頼んでいた仕事についての連絡がきたのでそちらのサポートをしていた。結局、パスタを茹でる気力が失せたので、どん兵衛を食べた。

 

14時

後輩とメッセージのやりとりをしながら、オンラインの説明会に参加。以前別のしうかつサイトで話を聞いていた企業だったが、新しい話を聞けるかもと思って参加。結果としては、以前出てきた人と同じ人が同じパワポで同じ話をしていた。説明の先取りを口ずさんだり、流石に完全に一緒ではないので差異を探したりして遊んでいた。

 

15時

志望業種に似た業種の企業の話をきく。ぱっと見は似た業界であるが、やってる内容は自分の求めているものと違うと感じた。やはり、比較からではないと物事の追及はできないと感じた。あとは、この違和感を言語化できれば良いのだが。

 

16時

放置していた「価格破壊」を読む。最後の三分の一くらいを一気読みする。高度成長期に乗った主人公のモーレツさがメインで描かれる一方、妻の不安など、モーレツさに潜む危うさが所々で描かれているなと思ったが、巻末の解説では真逆のことが書かれていた。確かに、何でもかんでも取り組み、ことごとく成功を収めていく主人公に痛快さを感じることが読みながら多かったけど、城山三郎にはモーレツさの興隆と衰退を描いた「官僚たちの夏」もあるので、どうもその「光」だけに焦点を当てるのは、私からすれば少し違うような気がした。

 

19時

オンライン飲み会に備えて、スーパーに酒とつまみを買いに行く。

 

20時

スキマ時間で仕事を終わらせようと思ったら、飲み会に遅刻した。タイムマネジメント下手界隈。酔って好きにしゃべっていると、視線がPCの画面を捉えなくなるので良くない。飲み屋なら肌で雰囲気を感じられるけど、オンラインだとあのPCの小さい画面をしっかり見ないと、相手にウケているのかどうか分からない。飲み会だし、そんなの気にせず喋ればいいんだけど、私の効用関数は相手が笑うと増加するようにできているらしいので気になる。特に、この日は久しぶりに多量の酒を飲んだのでなおさら不安である。スーパーで多めかなと思って買った酒はなくなり、前日に仕入れた日本酒が残りわずかとなった。脊髄反射で言葉を発し、行動を起こしていた気がする。先述した相手の反応のわかりづらさもあって、次の日には関係者各位にスライディング土下座をしたい気分にもなった。

 

 

5月31日

9時

覚醒。寝ぼけた頭で6時間しか寝てないことを計算し、スマホを少しいじった後に寝た。

 

13時

覚醒。

 

14時

離床、風呂を浴びる。

 

15時

昼食。

 

15時30分

麻雀のライブ放送BGMに、前の日から読み始めた「大衆の反逆」を読む。例に挙げられている思想家や歴史的事柄が、高校生の時分よりも知ってるものが多くなった気がするが、まだまだ分からないところが多く、自分の不勉強さを感じる。

 

18時

ブックオフで古本を買う。ファミリーマートで予約したフィギュアの代金を支払う。フィギュアの発売日は半年後なので、家計簿には5ヶ月間の月賦で計上した。会計の処理として正しいのかは分からない。

 

20時30分

夕食。食後に残っていた仕事と、視聴途中の授業をみる。結局授業の終盤は、企業のインターンについて色々と調べていた。6月はそういう意味でまた山場になりそうで怖い。諸々が本格化する前に、第二志望の業界(第一志望に取って代わろうとしている)について色々と調べなければいけない。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずというのは、受験でもここでもなんでも当てはまる心地がする。

雑記:5月25日

 マジメな話に疲れてしまったので、近況報告をば。

 

 とりあえず、先週末から口内炎が痛い。モノが美味しく食べられないので、QOLが若干損なわれている。ヨクナイ。自粛生活から食事を抜いたら何が残るというんですか。まぁ、口内炎とは中学の時分に矯正治療した時からの付き合いなので、対処とか我慢とかは慣れているんですけどね。治療が終わった後も、リテーナー*1を寝ている間に入れなければいけないので、それが頰の裏だったり舌だったりに当たって定期的に口内炎を作っている。辛い。ただ、1日中矯正具を着けている時は、1,2週ごとに口内炎が誕生していたし、それに比べたら最近は1ヶ月に1回くらいしか発生しないので、頑張って耐えます。

 しかし、もう1つ問題があって、口内炎が発生すると大抵それに1,2日遅れて、胃痛が発生する。これもめんどくさい。これは大学の2回生になってから発生した事象なので、イマイチ原因はわからない。口内炎ができるほどストレスが溜まっているから胃痛になるのか、口内炎がストレス源になって胃痛になるのか。これも美味しい食事を妨害してくるのでタチが悪い。とりあえず、ここ最近は大正漢方胃腸薬を飲んでいる。多分あと2,3日で治るので耐えですね。

 

 ストレスと関係あるのかもしれないが、最近昼寝をすることが増えた。今日も2時間ばかり寝た。昔はほぼ全く昼寝をしなかったのだが、ここ数日は連続で昼寝をしている。夕暮れが心地いい季節になったという風流な理由であればいいのだけれど。睡眠時間が足りてないかといえば、足りている訳ではないが、1限に起きようとして座椅子で寝ていた時期よりは寝ているはずである。よくわからん。噂の自粛疲れか五月病か。今日で一部の補講を残して、いわゆる春タームが終わったので、それで気が抜けているということにしておこう。この時期に是非とも諸々の歩みを進めて欲しいですが。

 ということで、私史上最大の昼寝ブームなのですが、昼寝の効用がよく分からない。昼寝したところで眠いし、頭はぼーっとするし、時間は溶けているし。眠りに落ちる直前の私に事細かに説教をしてやりたいが、まぁ眠かったのなら仕方あるまい。

 

 ブームといえば、2年ぶりくらいに麻雀ブームがきている。別に某ニュースを見たという訳ではないけれど、新しいアプリを入れてほそぼそとやっている。1回生の時も自分の中でブームが来ていたが、戦略を知るどころか役を覚えるのも諦めて、2回生では全く触れていなかった。という訳で、2年ぶりぐらいにポチポチやっているのだが、2年前とはいい意味で感触が違くて面白い。1回生の時は頑張って役を覚えようとして躍起になっていたせいか、役がすごく多く感じていたが、今回は役とか、とりあえず安手だけ覚えればいいかと適当にやっていたら、段々と役を覚えてきてしまった。時間をおいたおかげで頭の中で整理されでもしたのか分からないが、まぁまぁ楽しめるようになったのは良い。あと、諸々を知ってきたおかげで、役満を上がっている動画とかを見れるようになってきた。これを見ていると役満が簡単に見えてなかなか楽しい。いや、実際は難しいんだけど。実際的には安手でさっさと上がってしまった方が良い。こんなことしてると、リアルでは怒られそうだけど。このままハマっていたら、本とか買ってるかもしれない。緊急事態宣言も解除されるので、現実世界に帰ってきて欲しいものですが。

 

 真面目な話。先の日曜日にオンラインでの合同説明会があったので、午後いっぱいを使ってぼーっと眺めていた。第一志望の業種はなかったけれど、第二志望の業種が多かったのでそれを中心に、いろんな業種を見た方が良いという親の助言をもとにプラスαの企業を見る感じで過ごした。そのプラスαには、某新聞社があった。

 当初の予定では見るつもりがなかったのだが、その時間帯に特に興味がある企業の説明があった訳ではなかったので、ついでに見ていた。一応中学校の就業体験では、地元の新聞社に行っていたので、記者とかそういうものには昔は興味があったものだなぁとノスタルジーも感じつつ。

 記者の仕事は、取材して文章を書いて校正して世に出すというのが本分だと思うが、直感的には自分に向いている気もする。現にこういった文章を書いている訳だし。取材も校正もしていませんが。

 向いているのは向いてる気がするものの、それは本当に自分のやりたいことなのかしらん。掠っている気もするが、直球ど真ん中ストライクという感じではない。理由は2つある。

 文章を書くのは確かに好きである。しかし、それは「自分の好きなように」文章を書くのが好きというだけだ。pixivに二次創作*2をあげたり、はてブ怪文書を書いているのが性に合っている。受験戦争の中で、求められた文章を書くことに辟易してしまった反動なのだと勝手に思っている。その点、某大の随筆問題は本文の言葉が使えない反面、自分の言葉を使うことができて楽しかった。点数が取れるやり方だったのかは知らん。

 話が逸れた。とかく私は好き勝手に書きたい。確かに現に自分の好きなことを書いて食べている人は一定数いる。しかし、そういう人には、技術だったりだとか、自分の書きたいことと需要のマッチが良かったりだとか、そういう諸々が重なって誕生したものだと思う。じゃあ、自分にそういったものがあるのかと言えばない。であれば、趣味は趣味として置いておく方が良いという気がする。

 2つめの理由としては、これも子供じみた理由だが、直接産業に関わりたいというのがある気がする。それを踏まえると、説明会で社員さんが言っていた「経済の動向を伝えて、世間の経済行動を変えること」というのは、周りくどくない?と思ってしまう。もちろん、自分があれこれやっていくよりも、人に伝えて多くの人にやってもらう方が楽というのは、よく知っているけれど、自分の気持ちと違うのだから仕方あるまい。

 ネガティブなことばかり書いてきたけど、一応インターンは受けてみる。実際に色々経験して、「向いてそうなこと」と「やってみたそうなこと」の結節点を見つけていきたい。しかし、このインターンから本選考に進める枠があるらしいので、インターン選考も実質本選考みたいなもので、結構厳しそう。だけれど、インターンに行って仕事を体験して、万が一にでも文章を褒めてもらえたらホイホイその道に行くかもしれない。ちょろいので褒められると図に乗る。ジョブスとかは「褒められるためにやっている訳じゃない」とか言っているらしいけど、私の場合は人に褒められた経験が習慣やら趣味やらを形作っている側面があるので馬鹿にできない。そもそも選考で落ちる未来が見えるけど。

 

 夢物語。でも自分の将来くらい自由に夢を見たっていいじゃないか。

 

 

 

追記:日付がづれているのは些細な違いです。

 

*1:取り外し可能な矯正具を指すはず…

*2:15ヶ月間書いていないので、この例示は不適切である。

恋の始まりと終わりについての考察。

 

1.はじめに

 去る年に、私は次のようなツイート*1をしたところ、割と反響を頂いた。 

 

 

  「『好き』という感情の始まりには根拠が存在しないが故に、『好き』という感情を忘れることは容易ではなく、時間の経過によってのみ終了させることができる。」と結論づけたのがこの一連のツイートである。当時の私にとってこの論は納得の行くものであり、少なくとも自分の中では「真」ということにしていた。

 

 しかし、よく目を凝らして周りを見ると、かつて好きであった相手からすぐさま新しい相手に切り替えられる、もしくは失恋からすぐに立ち直るという例が多く見られた。これらの「乗り換えがすぐである」という点に着目したある知人が、これらのケースを「赤坂見附*2と呼んでいたので、ここでも「昔の恋愛からすぐに切り替える」事例を「赤坂見附」と定義しておく。

 さて、「赤坂見附」は先にあげた一連のツイート群の論とは、一見矛盾しているように見える。しかし、私の論を拡張させることによって、「赤坂見附」の事例を説明することができ、さらにそこから、「『好き』という感情の終わりは、理性が決めるのでも時間が決めるのでもなく、新しい『好き』の始まりが決める」ということが結論づけられる。大雑把に言えば、「新しい恋愛だけが昔の恋愛を忘れさせてくれる」というよく言われる言説にたどり着く。

 それを少しずつ書いていこうと思う。

 

2.昨年のツイートの振り返り

 「赤坂見附」の話に行く前に、従来の論を振り返ってみる。

 一般的に恋愛における「好き」という感情は長期間持続する。2人の関係が良好である場合もさることながら、「失恋」というものを経た後にも継続しやすい。「失恋」にはいわゆる自然消滅という部類のものもあるが、大抵ははっきりと自分の好意が拒絶される形で行われる。そのような拒絶を前にしては、自分の感情も手放してしまうように思われるのだが、実際にそうやすやすと手放す人は少ない。「失恋」を引きずり続ける人は掃いて捨てるほどいるであろう。このように、困難な状況であっても「好き」という感情を終わらせることはできない。それは何故なのだろうか。

 ここで、「好き」になることに対する根拠はないと仮定してみる。つまりは、よく語られる「好きになった理由」(例えば相手の声が可愛いとか、性格が好きだとか)は、後付けであり、「好き」になったその瞬間に理由はなかったとしてみる。なんともメルヘンチックな仮定であるが、そうしてみると1つの説明が作れそうである。

 何かそれに至る理由がはっきりとわかる場合、その理論を終わらせるためには、その理由に反論すればいい。例えば、「美味しそうだから」ぶどうを取りたいと思っていて、その「ぶどうを取りたい」という気持ちを終わらせたかったら、「あのぶどうは本当は酸っぱい」と反論すれば、わざわざ「ぶどうを取りたい」とは思わなくなるだろう。

 しかし、理由がない場合、この方法を取ることはできない。そもそも反論する理由がないのだから。確かに"後付け"の理由ならある。だがそれを論破したところで、根幹を揺るがすことはできない。それゆえに、どうもがいたところで、「好き」という感情を終了させることは人為的にはかなり難しい。よって、「好き」という感情は、様々な手段、状況を前にしても継続してしまう。としたのが、昨年のツイートである。

 

3.「赤坂見附」についての考察

 しかし、冒頭で述べたように、すぐに古い恋愛から切り替えられる人は世の中に多い。それを、ひとまず「赤坂見附」という言葉で定義して考えてみる。また、このような恋愛が悪いという話をしたい訳でもないことは断っておく。

 

 先ほど結論づけた話と見比べてみると、この「赤坂見附」という事象は矛盾しているように思える。先ほどは、大雑把に言えば「恋愛は引きずるもの」としたのに対し、これらの事象は「引きずらずに新しい恋愛が始まっている」。

 この「赤坂見附」をよく見てみると、「新しい恋愛が始まっている」というところに特徴があるように思える。この点を踏まえて、先ほどの論を拡張させてみると次のようにできるだろう。「『好き』という感情の始まりには根拠が存在しないが故に、『好き』という感情を理性によって忘れることは容易ではないが、新しい「好き」によって終了させることができる。」

 こうすれば、去年のツイートと「赤坂見附」の事象を包摂することができるのではないだろうか。この2つの事象は一見矛盾したようであったが、近しい事象、もっと言えば表裏一体の事象であったのではないだろうか。

 「好き」という感情は新しい「好き」が発生するまで継続することになる。裏を返せば、誰かと恋仲になっている時でも、痛烈な失恋を経験した直後であっても、偶発的に新しい「好き」が始まってしまうと、今までの「好き」が終わるということもあると言える。

 さらに言えば、この「赤坂見附」を論に組み込むことで、「時間の経過によってのみ終了させることができる。」というところから時間の条件が抜けて、「新しい「好き」によって終了させることができる。」となったことにより、失恋に対する1つの処方箋のようなものが見えてくる。結果としては、広く一般に言われることであるが、「失恋した後は新しい恋を探すのが良い」ということになるのであろう。

 

4.まとめ

 去年のツイートで述べた論に、相反するような事象として、「『好き』という感情をすぐに終わらせて、新しい『好き』を始める」ものが見られたので、これを「赤坂見附」と定義して考察を行ってきた。結果として、この2つは相反するものではなく、むしろツイートの論に「赤坂見附」を組み込むことによって、より解像度の高い命題を得ることができた。そして、この命題に従うことで、広く一般に言われることではあるが、「失恋した後は新しい恋を探すのが良い」という1つの方法を出すことができた。

 しかし、この方法は実用に足りうるものなのであろうか。上記の方法を実行するには、「新しい『好き』を始める」必要があるが、「好き」を始められるかどうかは全くもって偶発的なものである。何か特定の理由があるわけではなく、「好きであるから好き」というのが「好き」の始まりだからである。対処法として、「時間の経過に任せる」から変わったものの、結局は「偶発的な事象に任せる」に変わっただけではないのだろうか。つまり、失恋した者の身としては、かつての「好き」という感情が一生涯続く気もするし、明日すぐに終わる気もするということであろうか。これが、去年に出した結論よりも、希望的なものか絶望的なものか、私にはまだ分からない。

*1:そもそもは恋愛とかいう話ではなく「好き」という感情そのものついてのツイートだったのだが、恋愛論として解釈されることが多かったので、そういうことにしておく。

*2:東京都港区にある東京地下鉄の駅。銀座線渋谷行と丸ノ内線荻窪方面が地下1階、銀座線浅草行と丸ノ内線池袋行が地下2階のホームで並んでいるために乗り換えが非常に楽な駅。駒場キャンパスから本郷キャンパスに行くときは、銀座駅ではなくここで乗り換えた方が楽。

 酔いどれ日記

 進捗のしの字もないGWが終わり、平日が帰ってきた。結局平日の方が進捗を産めるし、いわゆる有意義な活動ができるから良いのかもしれぬ。GWは買い出しも、家事も放棄してしまい、生活が破綻しかけた。いや、現状が破綻していないとは自信を持って言えないけれど。

 そんなGWでもせめてブログくらいは書けばよかったかもしれぬ。書きたいことはあった。しかし筆は動かない。こんなことを偉そうに書いてみたところで、世間一般からは当たり前のことを何を今更と言われるのが怖かったのだと思う。こう文字に起こしてみると大したことないように思えるが、悶々とベッドに転がる私にとっては大問題であった。畢竟今年の2月から始まった自分の信条への懐疑がひょっこりと顔を出したのだと思う。4月の末には克服したかのように思えたのだが、またぶり返したのやもしれぬ。

 こうした不安定さを克服するには、自分の信条を世間様にぶつけてみて、それのフィードバックを元に、信条を再構築するというのが良いだのだと思う。それは分かる。しかし、それを世間様にぶつけるのは怖い。今まで自分を支えてきたものが、一瞬で壊れる瞬間を見たくない。自分の心情がそんなに柔なものだとは思わない。ある程度、その信条に対して信頼はある。しかし、それが絶対的なものだとは思わない。自分を自分たらしめてきた信条が敢え無くな砕け散った時、私はどうすればいいのだろうか。なってみないと分からぬ。しかし、その時私は正気でいるのかーー

 

 自分の信条を世間様にぶつける絶好の機会として就活なるものがある。そこに飛び込めば、この不安定さを取り除く伝手が見つかるとは思う。しかし、怖い。世間と、現実と向き合うのが怖い。ただ、よくある就活全体に対する憎悪とは違うと思う。就活全体に向けて悪態をつくのは、天に唾すようなものだと思うし、通過儀礼として半強制的に自分自身に向き合わせるのはまぁ良いことだとは思う。ただ、自分が今まで信じてたものが壊れてしまうのが怖い。特に、自分は阿呆の楽観主義者であるから、世間とぶつかったら確実に負ける。負けるのが分かるなら早く負けてしまえばいいのだけど。阿呆の楽観主義者でも命は惜しい。いや、命までは取られないんだから、飛び込めばいいものを。

 

 こんな偉そうなことを言っておきながら、しうかつに失敗して、就職浪人にでもなっていたら笑ってください。

 

 

追記:酔鯨を飲みながら「邪神ちゃんドロップキック」を見ていたらどうでも良くなってきた。「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である」とはよく言ったものだと思う。所詮そんなものである。